お金を払う講座だから、自由に取り組もう

興味の昂ぶりを抑えられず、高いお金を払ったコピーライター養成講座。 なのに開始2ヶ月で、もう意欲が下がってしまった。

講義には出るけど、毎週の課題にはまったく手が伸びない… 広告や企画のロジックを学ぶのが刺激的な一方で、クリエイティブへの関心は冷めている。

 

講座で学ぶところによると、コピーライティングは、「考えに考え抜いて、普通の言葉を作る」仕事のように思える。 誰にでも通じる普通の言葉じゃないと、大衆を動かすなんて出来ないから。

だから、作業の結果だけ見てしまうと、刺激や達成感が足りないと感じるのかも。

 

何を書きたいんだったっけ

自分は文章が好きだけど、同じ感覚を持つ人にだけ伝わる文章を愉しむことが、より好きだと思う。スラングとかもそう。

反対に、みんなに伝わる、共感される文章というのは、あまり魅力を感じないのかもしれない。

 

うん。そうだ。

「伝わる人に伝われ」「自分と同じ感覚の、愛すべき友人に届いてくれ」って軸を持って、ずっとやってきたんだった。

この際、広告コピー的にどうとか考えず、シュールに課題に取り組んだら良いかもしれない。

仕事じゃないんだから、やり方は自由だ。

 

(ツイートの内容から)

「変な子」だけど「いじめられなかった」?

今日こそは早く寝るぞと、毎日思っていますが、今日もまた1時を過ぎそう。2時間ほど手持ち無沙汰に過ごしています。寝ればいいのに…

 

子供の頃のようす

変な人間でありながら、いじめには遭わなかった?という話。

昔から、チックや落ち着きの無さがあり、病院で脳の検査を受けたことがありました。小学校四年生くらいで、睡眠時の脳波測定と、MRIでの検査をしたと思います。

一体何を診断するための検査だったのか知りませんが、結局何も分からなかったのでした。あの時にADHDの可能性にも触れられたら、何か生き方も変わっていたかもしれません。

 

まぁそんな検査を受けるほど、子供の頃は変な行動を取っていたようです。

ですが、小学校でイジメられていたという認識は、僕にはありません。

 

発達障害やチック症というと、周りと馴染めなかったり、からかいに遭いやすいといった問題が生じやすいです。自分もたぶんそういうタイプでした。

しかしその一方で、僕には「イラっときたら手が出る」という悪い行動パターンがありました。からかわれたり、コミュニケーションで問題が起きると、すぐ相手を叩く。摑みかかる。ケンカになる。相手が強かろうと弱かろうと、しょっちゅうぶつかっていました。

 

家庭環境でストレスを受けやすかったので、そのはけ口が学校に向いてしまっていたのかもしれません。そうこうして「イジメられても五分五分(に結果的に見える)」のようになり、辛い気持ちというのは、自分の中でうやむやにされていたようです。

 

最近、「子供の頃いじめられなかったのか?」と尋ねられ、そういうことを考えたのでした。「いじめられてはなかった」「でもしょっちゅう喧嘩してたな」という認識だったのですが、この二つは繋がりがあったのだと気づきました。

病院送り、そして検査結果

連休明けの金曜に倒れ(連休あけの病院おくり。 - Qrst)土日はとにかくベッドで休養をとりました。

土曜はたまたま精神科に行く日だったので(ADHDコンサータを使っています)、先生にも相談。胃薬として飲んでいた"スルピリド"という薬を丁度やめていたため、やはり服用した方が安心だろうとのこと。

 

月曜。

久しぶりに有給を取り(休みなんて何日ぶりだろう!)、救急搬送された病院で検査をお願いしました。というのは、父が胃潰瘍にかかったことがあり、自分も一度見てもらわないと不安で仕方なかったからです。

 

ということではじめての胃カメラ

やると決めたものの、ビビりまくりです。悪い噂しか聞きませんもの。

そんな中、ネットで「鎮静剤を使えると安心」という情報が。良い歳の男が何ビビってんだ!と覚悟していたのに、結局、小声で「鎮静剤、お願いします…」と訴えたのでした。

 

不味くてビリビリする喉の麻酔に耐え、ついに検査室へ。色々準備した後、腕に鎮静剤を注射。

本当にすぐ意識がぼーんやーり…してきて、気づいたらカメラが喉を通り、なんか食道や胃の中にぐりぐりを感じて、「あれー、なんかコレは…、何されてんだろ…」と思った時には、カメラが引っこ抜かれて、終わり。

 

全く何がされたかわかりませんでした。意識はあったんだけど、ホントに夢の中で起こったような気分。人によっては寝てしまうとか。

そんな胃カメラデビューを果たし、結果は

「胃はすごく綺麗。ほぼ100点満点です」   …!?

 

というわけで、倒れたのは胃が原因ではなかったよう。今思い返すと、仕事中に過集中のような状態になり、心理的ストレス、環境的ストレスが加わって、ひどい貧血状態になってしまったのではないか。と考えています。

 

ともかく今の仕事(予算管理)は、身体や精神の事を考えるともう限界。ストレスの影響を受けやすい身体だから仕方ないと割り切り、今後について真剣に考え始めたのでした。

 

連休あけの病院おくり。

とつぜん、救急車で運ばれる事態になった。

 

ーー仕事をしていて、午後四時ごろ。

少し疲れを感じて、トイレで気分転換…と思い個室に入った途端、めまいと気持ち悪さと、ちくちくした胃痛がやってきました。酔っ払った時の気持ち悪さ(もちろん飲んでません)。

 

うーー少し頑張りすぎたか・・・と、不快感が収まるのを待っていたのですが、状況は悪くなるばかり。20分ほど耐えて、「このままではトイレで倒れる…」と確信し、たまたま入ってきた人に助けを求め、職場にある休養室へ。

 

しかし。休養室を開けてもらうため警備員さんと話をする間、状態がさらに悪化。床に這いつくばって耐える。こうなると恐怖心も加わり、「あぁ…もう…救急車お願いします…(最終手段)」。

 

救急車に乗ってからは、周りの目があることで安心したのか、だんだん回復に向かいました。ただ持ち物がスマホしかなく、氏名・住所などぜんぶ自分で説明しないといけないのが辛かったです。すぐには病院に連れてってくれないんですね。

 

救急医療では、血液検査、心電図、レントゲン等を取ったけど、特に緊急の問題は見つからず。胃からくる吐き気が原因とのことで、胃薬をもらって病院を去りました)。

 

原因はなんだったのか…このところ仕事がMAXに忙しく、フルパワーで数字を追っかけていたので、心当たりはあるのですが。

 

努力へとかりたてるもの

これまで、転職をしたり、いろんな勉強を続けてきて、「努力し続けていてすごい」とか「よくそんなに頑張れるね」とか、言われることが幾度かありました。周りから見ると、自分は常に新しいことに向かい続けていて、仕事をしながらそんなことができる人は珍しいようです。

 

僕としては、いつも前に進む行動をとっていないと不安というか、すぐに落ちぶれてしまうといった漠然な不安感があって、そのはけ口の努力というものなのだけれど。

「並大抵を超える努力をしないと、おまえは普通のラインに立てないぞ」

なんていう思いが、自分を謎の努力に駆り立てているのです。

 

たくさんの人がこうやって「すごい」と言ってくれるのだけれど、その人たちはどうしてか、自分より幸せそうに見えているんだよなぁ...

どれだけ頑張っても、みんなのステージに追いつけない。その辛さと焦りが、自分を新しい努力に駆り立て、周りからの賞賛を受け、そして寂しさを生んでいるのかもしれない。

書くことの変遷 2

大学時代

このころには、ソーシャルサービスのmixiが全盛に。自分の文章を人に見せることが、一気に普及したように思います。

自分もHPのブログに代わって、mixiの日記に日常を綴るのがメインになりました。記事へのコメントが気軽にできるようになったおかげで、文章を書くのも楽しくなり、読んで気持ちの良い、読みやすいものを作っていくように。

ありきたりな日記が多いなか、ネタやオチを意識した文章は新鮮だったようで、周囲から「書き込みが面白い奴」と評してもらうこともありました。

ただ相変わらず、学業としての作文(論文)は超難関。丸一晩かかってA41枚も書けないという事が普通でした。

 

その後

TwitterFacebookも始め、不特定多数が見れる中で書くように。社会人になってから、Twitterはかなりラフな(匿名でくだらない)姿勢、Facebookは近況や真面目な姿勢、と分けています。

 

現在、こうしてブログを書いてみたり、Twitterの書き込み、ラジオ番組に大喜利を投稿するなど、「書くこと」との付き合いを細々と続けています。

本当は社会分析的なことも書いてみたい(いちおう政治学部卒)けれど、いろいろな反応がくることを思うと、少し勇気がなく控えています。

 

そしてこの春からは "宣伝会議" のコピーライター養成講座を受講する予定。

9割がた、興味本意なのだけども… これからも文章と遊んでみたいと思っています。

書くことの変遷。

ブログを書く前にも、もちろん、色々な場面で文章を書いてきました。

特にインターネットに載せることに関しては、同年代に比べても多かったと思います。

 

小学生の頃

文章を書くのは苦手。読書感想文など、いわゆる「さくぶん」というやつです。

何枚もすごく早く書く子がいる一方で、自分はうんうん唸って一枚も進めない。

「あぁー、これは自分の苦手なものなのだな」と初めて感じたのが、作文だったのかもしれません。

 

 

10代前半(中学生)

友達とバンドをやり始めて、ホームページを作りました。内容は音楽や学校の話など、同級生の内輪で楽しむ程度。

当時(2002年)としては、ネット上に自分の文章を載せるというのは、限られた人がひっそりと楽しむ魅力的なものでした。

 子供がだんだんケータイを持ち始めた時代ですが、なぜか僕の周りでは、ウェブサイトをやっている友達が4人もいました。

 

 

10代後半(高校)

ホームページでブログを書き始め、音楽や日常の出来事をネタにしていました。

この頃、とあるテキストサイトを毎日読んでいて、その人の書き方に大きく影響を受けます。紹介サイトで「〇〇と△△を足して2で割ったようなブログ」と書かれ、自分の好きなウェブサイトを見事に当てられるという程。

今でもネット上に書く文章の口調、雰囲気は、この時と変わっていないように思います。

 

一方、「作文」は相変わらず苦手でした。試験の小論文はなかなか思うように描けず、入試の時には諦めて「もうだめぽ」と一文書いたくらいです(他の課題は書けたので合格しました)。

 

高校の時は毎日机に向かっていたので、習慣的に日記をつけていました。

一日1ページという文庫本タイプのもので、今見てもなかなか味わい深いものに仕上がっています。

特に、大学の前期試験に落ちた日に書いた日記は、今読んでもとても生き生きとさせられる、自分だけの最高の青春小説です。

 

 

マイブック: 2017年の記録 (新潮文庫 ん 70-19)

マイブック: 2017年の記録 (新潮文庫 ん 70-19)