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連休あけの病院おくり。

とつぜん、救急車で運ばれる事態になった。

 

ーー仕事をしていて、午後四時ごろ。

少し疲れを感じて、トイレで気分転換…と思い個室に入った途端、めまいと気持ち悪さと、ちくちくした胃痛がやってきました。酔っ払った時の気持ち悪さ(もちろん飲んでません)。

 

うーー少し頑張りすぎたか・・・と、不快感が収まるのを待っていたのですが、状況は悪くなるばかり。20分ほど耐えて、「このままではトイレで倒れる…」と確信し、たまたま入ってきた人に助けを求め、職場にある休養室へ。

 

しかし。休養室を開けてもらうため警備員さんと話をする間、状態がさらに悪化。床に這いつくばって耐える。こうなると恐怖心も加わり、「あぁ…もう…救急車お願いします…(最終手段)」。

 

救急車に乗ってからは、周りの目があることで安心したのか、だんだん回復に向かいました。ただ持ち物がスマホしかなく、氏名・住所などぜんぶ自分で説明しないといけないのが辛かったです。すぐには病院に連れてってくれないんですね。

 

救急医療では、血液検査、心電図、レントゲン等を取ったけど、特に緊急の問題は見つからず。胃からくる吐き気が原因とのことで、胃薬をもらって病院を去りました)。

 

原因はなんだったのか…このところ仕事がMAXに忙しく、フルパワーで数字を追っかけていたので、心当たりはあるのですが。

 

努力へとかりたてるもの

これまで、転職をしたり、いろんな勉強を続けてきて、「努力し続けていてすごい」とか「よくそんなに頑張れるね」とか、言われることが幾度かありました。周りから見ると、自分は常に新しいことに向かい続けていて、仕事をしながらそんなことができる人は珍しいようです。

 

僕としては、いつも前に進む行動をとっていないと不安というか、すぐに落ちぶれてしまうといった漠然な不安感があって、そのはけ口の努力というものなのだけれど。

「並大抵を超える努力をしないと、おまえは普通のラインに立てないぞ」

なんていう思いが、自分を謎の努力に駆り立てているのです。

 

たくさんの人がこうやって「すごい」と言ってくれるのだけれど、その人たちはどうしてか、自分より幸せそうに見えているんだよなぁ...

どれだけ頑張っても、みんなのステージに追いつけない。その辛さと焦りが、自分を新しい努力に駆り立て、周りからの賞賛を受け、そして寂しさを生んでいるのかもしれない。

書くことの変遷 2

大学時代

このころには、ソーシャルサービスのmixiが全盛に。自分の文章を人に見せることが、一気に普及したように思います。

自分もHPのブログに代わって、mixiの日記に日常を綴るのがメインになりました。記事へのコメントが気軽にできるようになったおかげで、文章を書くのも楽しくなり、読んで気持ちの良い、読みやすいものを作っていくように。

ありきたりな日記が多いなか、ネタやオチを意識した文章は新鮮だったようで、周囲から「書き込みが面白い奴」と評してもらうこともありました。

ただ相変わらず、学業としての作文(論文)は超難関。丸一晩かかってA41枚も書けないという事が普通でした。

 

その後

TwitterFacebookも始め、不特定多数が見れる中で書くように。社会人になってから、Twitterはかなりラフな(匿名でくだらない)姿勢、Facebookは近況や真面目な姿勢、と分けています。

 

現在、こうしてブログを書いてみたり、Twitterの書き込み、ラジオ番組に大喜利を投稿するなど、「書くこと」との付き合いを細々と続けています。

本当は社会分析的なことも書いてみたい(いちおう政治学部卒)けれど、いろいろな反応がくることを思うと、少し勇気がなく控えています。

 

そしてこの春からは "宣伝会議" のコピーライター養成講座を受講する予定。

9割がた、興味本意なのだけども… これからも文章と遊んでみたいと思っています。

書くことの変遷。

ブログを書く前にも、もちろん、色々な場面で文章を書いてきました。

特にインターネットに載せることに関しては、同年代に比べても多かったと思います。

 

小学生の頃

文章を書くのは苦手。読書感想文など、いわゆる「さくぶん」というやつです。

何枚もすごく早く書く子がいる一方で、自分はうんうん唸って一枚も進めない。

「あぁー、これは自分の苦手なものなのだな」と初めて感じたのが、作文だったのかもしれません。

 

 

10代前半(中学生)

友達とバンドをやり始めて、ホームページを作りました。内容は音楽や学校の話など、同級生の内輪で楽しむ程度。

当時(2002年)としては、ネット上に自分の文章を載せるというのは、限られた人がひっそりと楽しむ魅力的なものでした。

 子供がだんだんケータイを持ち始めた時代ですが、なぜか僕の周りでは、ウェブサイトをやっている友達が4人もいました。

 

 

10代後半(高校)

ホームページでブログを書き始め、音楽や日常の出来事をネタにしていました。

この頃、とあるテキストサイトを毎日読んでいて、その人の書き方に大きく影響を受けます。紹介サイトで「〇〇と△△を足して2で割ったようなブログ」と書かれ、自分の好きなウェブサイトを見事に当てられるという程。

今でもネット上に書く文章の口調、雰囲気は、この時と変わっていないように思います。

 

一方、「作文」は相変わらず苦手でした。試験の小論文はなかなか思うように描けず、入試の時には諦めて「もうだめぽ」と一文書いたくらいです(他の課題は書けたので合格しました)。

 

高校の時は毎日机に向かっていたので、習慣的に日記をつけていました。

一日1ページという文庫本タイプのもので、今見てもなかなか味わい深いものに仕上がっています。

特に、大学の前期試験に落ちた日に書いた日記は、今読んでもとても生き生きとさせられる、自分だけの最高の青春小説です。

 

 

マイブック: 2017年の記録 (新潮文庫 ん 70-19)

マイブック: 2017年の記録 (新潮文庫 ん 70-19)

 

 

書いていくこと

頭で組み上げたいろんな文章を、形にする。

自分について考えたことを、整理する。

行動したこと経験したことを、記録に残す。

 

もしかしたら、誰かの役に立つかもしれない。

自分と似たものを持つ人が、少しばかり喜んだり

ためになったと思ったり、あればいいですね。